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11月30日
ボケシェフ
まったくボケている。葬儀があったとは言えスケジュールは携帯に入れたと確信し、ゲスト参加する事になっていた料理教室を携帯スケジュールの入力ミスでキャンセルしてしまった。先月立ち上げた料理クラブ「厨房の男たち」第1回もポカして会長に悪い事してしまった。昨日は会員のTさんへ一連のポカの事情を説明して謝ってきたが、来月はなにが何でも出席しないと本当のボケ扱いにされそうだ。それとは別に女房から4人分の昼食リクエストがあったので味の素レシピを見て牛丼に初トライした。時間は買い物を含めて1時間、タイム制限された方が手際よく動けていい。ぴったり1時間、ごぼう入り牛丼となめこの味噌汁4人分、新しい器で飾った。

▲あわただしく盛り付けて出してしまったので写真はHPのもの、写真どうりに出来たよ
11月29日
練り直し
オーラ素肌美サロンの隣接する産廃会社の、ここでの操業を反対する「住民の環境を守る会」は午前、県庁出先機関へ再度の陳情をした。このような問題は日本中のあちこちで起こっている問題で、無くてはならない産業でもあり、他の地へ異動すれば片付く問題ではない。守る会の主願はこれまであった公設焼却場から受けた公害に対する強烈な拒否感情であるが、それだけで闘うのは難しいしと県側から指摘を受けた。法的に進めれば1年後には操業が始まってしまうが伊勢崎市、下仁田町などの反対運動の成功例もあり方法の練り直しを迫られた守る会である。

▲県はあくまで中立、住民の心情を重ねて伝えるが、、、
11月28日
芳名帳
芳名帳、記帳簿を納めた箱が葬儀会社から届いていたので改めて一枚一枚、一人ひとりの顔を思い浮かべながら確認した。通夜や告別式の席では前列に対面して立っているので、葬列の方の顔は分かるが5基の焼香台の葬列客を挨拶しながら見渡すのは難しいからだ。芳名帳の一人ひとりの名前の上を指でなぞり、お顔を思い浮かべ焼香にお出でいただいた事に感謝する。昨日は母が小さな骨壷の中に納まりなんとも言いがたい空しさを感じるが、この書類箱も母のこれまでの関わりの一部であり、箱の中に納まってしまう終息感を感じてしまう。

▲また、母の一部がこの箱に収まってしまったような
11月27日
送る
あっと言う間に3日間が過ぎ、母の葬儀が終わった。25日の未明から寂しさの清算とその後の準備対処に奔走した3日間だった。最後の別れに去来するものは実母より長い37年間の同居生活、22歳で結婚した私がバイクでツーリングに出かける時は必ず心配そうに見送りに出てくれた。皆で登山に出かける時も必ず母は見送ってくれ、下山の日には私の好きなものばかりの夕食を用意してくれた。娘だけ二人を育てた親としては私の行動は不安で仕方なかったようだ。だから昔、実機操縦を始めた時、しばらくは内緒でおいた。何年も前だが近くの商店のご主人の調髪をしていると、そのご主人は「おばあちゃんの買い物はいつも、これマスターが好きだから」と言いながら買い物カゴに入れてゆくと聞いた。ありがたい親だった。知らず知らずのうちに親としての教育もしてもらっていたのだと今日、別れの日に気が付いた。ありがとう。

▲葬儀の締めくくり、念仏回しは親近者が輪を作り念仏にあわせ送り水を手渡しで廻す
11月25日
星がきれいな夜
こうゆう事はある日突然来るものだ。母が今日未明に亡くなった。昨年8月に足腰の痛みで動けなくなり1年3ヶ月の入院生活だった。今でも残念なのはリウマチ性の足の痛みもあったようだが足腰の痛み以外、内臓はきわめて健康であった事。だから私たち家族は積極的なリハビリを望んだし、また母にも勧めた。痛さの尺度は各々違うから母の痛みは分からなかったが辛かったのだろう。運動不足は骨を削り、健康な内臓まで痩せさせた。父が毎日食事時に介護をしていたが昨日の父は菩提寺世話人会議で母の元に行けなかった。介護士さんが今日の午前1時に母を見回った時、父に電話したいと言ったと言う。深夜でもあり看護士さんは「明日の朝にしましょう」と言った。星のきれいな夜だった。

▲それが最後のシグナルだったのかも知れない、と父は心残りの想いだった
11月24日
正座より椅子が基本でしょ
とある所で午前9時から午後5時まで、とある研修。研修と名の付くものは美容器具のメーカー主催のものを7年前に受けて以来だから久しぶりだった。これが3日間続くので今、気が重いのが事実である。早朝5時に起きて朝の体操をこなしてから行くので眠くなってしまい辛い、そして会場が畳の会場で正座が基本である。足を前に投げ出さなければ胡坐や横座りもOKだが、いずれにしても膝や股関節がシンドイ、これじゃあ折角の研修にも身が入らず時代遅れだと思う。椅子生活が多いから蕎麦屋の座敷も嫌いで靴を脱いで上がるような料理屋はハナから行かない事にしている。あと2日、交渉して椅子テーブルの席にしてもらうしかない。

▲様々な補助具を貸してくれたが膝を折り曲げたままの長時間は不健康と思う(写真は関係ありません)
11月23日
灰谷健次郎
児童文学の灰谷健次郎が亡くなった。15年ほど前、灰谷作品を続けざまに読んだので私も影響を受け、今も書棚に十数冊が並んでいる。特に最初に読んだ兎の眼は荒廃した教育現場、断絶する親と子、教育現場に立ち真の教育のあり方を問うものだった。いま、まさに教育現場はいじめによる子供たちの自殺で最悪のシナリオだが朝日新聞朝刊のトップページに毎日「いじめられている君へ」と言う欄に各方面の著名人とその家族が受けたいじめを公開し励ましているが教育も永遠のテーマ

▲灰谷健次郎は淡路島で作家であり百姓生活をしていた事もあるようだ
11月22日
×印母娘(おやこ)
最近の郵便局はサービスも笑顔もいいのに、なにの行き違いか、あんなに文句を言う事ともあるまい。とある郵便局で待っていると目の前の母娘はしきりに窓口の女子職員に詰め寄っている。職員が静かに説明をすると遮るように母娘の機関銃が発射する。結局、女子職員は説明が出来ない状態だ。証明書代わりに提出を求められた運転免許証も早く返せといきり立ち、始末に負えない。女子職員はほとほと困っていた。私も見ていて全く不愉快だったのでバカ母娘を怒鳴ってやろうかとムカムカした。しかし局の中でそれをやったらきっとバカ母娘だから反省どころか反撃してくるだろうと思って止めた。自分だけが全く正しいと主張し続けるアホ、今日は5000人に一人のアホを見た。不愉快だった。

▲正しくもないのにあんなに文句を言えば同じ郵便局を使えないだろうに、あの二人にそんな神経はないか。
11月21日
伸びた?
日常、仕事の時に履いている靴でハルタ製、同じモデルの色違いであるが最近気が付いた事がある。靴屋でためし履きするときはぴったりしている。買った時だってそうだ、ぴったりしていた。ところが最近何故か右だけが大きいように感じる。実際、2足のいずれも右だけがゆるい。と言うよりゆるくなったようだ。試しに下駄箱にあるほかの靴も比べてみるとやや右が大きい、なぜだ。ひとつ考えられるのは「AT車」。車はオートマティックだから左足を全く使わないが右は頻繁に使う。アクセルを踏み、ブレーキを踏みつける力は少しずつ靴を伸ばしているのかも知れない。と言う事で明日からは左足だけで運転する事にした。ウソウソ(^^;)

▲スラックスの裾が右のかかとの隙間に入る事で「異常」に気が付いた
11月20日
栃木県支部誕生
ありそうで、なかった 富弘美術館を囲む会「栃木県支部」が念願新たに発足になった。準備は私の親友、平野氏が進め、H氏、W氏を支部長、副支部長にそれぞれお願いしたようだ。富弘美術館で合流し挨拶をし、その後、発足挨拶の為富弘さん宅にも挨拶に行く約束になっていた。富弘さんは私たちと栃木県支部のメンバーを玄関で温かく出迎えてくれた。話はメールまで栃木弁になる平野氏の訛りになると富弘さんは母方の親戚が足尾にあることから「栃木弁はイイね」と救ってくれた。雨でなければ散歩もご一緒できたところだが残念ながら大低気圧でまだ雨は上がらなかった。

▲発足記念撮影、中央部分は了解を得ていないのでカバーしました
11月19日
7THさんまパ-ティー
MMCハイキングクラブの仲間が、OKバジ支援の会の仲間が、富弘美術館を囲む会の仲間が、真向法の仲間が、同級生が、遠く郡山から親友家族が、オーラ化粧品のお客様たちが、そしてその知人の方たちが私の山小屋へ集まり、7回目のさんまパーティーが始まった。焼さんま、かまどのご飯、トン汁、焼きそば、どら焼、トコロテン、ドラム缶の焼き芋、素朴で美味しい手作りにみんな楽しんで頂けたようだ。荒井先生のHP講座で一緒だった上杉さんのお母さんとの出会いもびっくりしたが今回もあちこちで新しい出会いもあったようで嬉しい。それに参加者の方が自主的にお手伝いしてくれた事もオトナのパーティーだなと感じた。パーティーのための会議、沢山の方のお手伝いがあってこそ成り立つさんまパーティー、来年はもっと沢山の方に喜んでもらえる準備に励みたい。参加してくれた方、お手伝いしてくれた方、ありがとうございます。

▲7回目にして初めての雨で例年より早めの終了になったが中身は充実していた。
11月18日
前日準備
公民館の料理実習室だが本来の目的で使っているのではない。いよいよ明日は第7回さんまパーティー開催日だが、メニューのひとつ豚汁の材料をご婦人が6人がかりで刻み作業をするために実習室をかりた。直径60センチの大鍋2個を満たす大根やジャガイモなどを刻むには大勢でこのような場所がいい。3回までは女房殿が一人で100人分以上の下ごしらえをしていた。真夜中の2時にかかってしまい、翌日は腕が痛くて動かせないと言っていた。以後ハイキングクラブMMCの皆さんが、このようにお手伝いを買って出てくれたので助かった。そう、皆が参加して楽しいさんまパーティー

▲皆、一生懸命、雨など降らせたくない
11月17日
歌手 もりゆりさんを聞く
歌のお姉さん、ん?NHK教育TVの歌のお姉さん、知らなかった。森祐理さん、現在はゴスペルアーティストとして各地でコンサートを繰り広げているようで世界的なアーティストでもあるようだ。今回は明日、高崎でコンサートをこなす前にクリスチャンとしての富弘さん宅へ来た。ゴスペルとは特に福音音楽の事らしく、それらを中心として童謡なども美しい声で披露してくれた。更に英語で、中国語で、韓国語で、ドイツ語で、そして更に手話で美しい笑顔にのせて歌った。彼女の体験した悲しみ、嬉しさがその歌声に変わると歌で本当に感動するものだ。涙腺が弱いせいもあろうが聞きながら泣けた。

▲体験に裏づけられた彼女のいくつかの逸話も興味深かった。
11月16日
大人買いの店
景品付き菓子などをまとめて買うのを「大人買い」なんていう。子供のお小遣いではいくつかの駄菓子しか買えないが子供より少しお金のある大人は景品等の目的でこれをする。どこの街でも一軒くらい写真の市場風な店を見かける。野菜の大人買いの店である。並んでいる野菜や果物に変わりはないが10k、20kの箱入りやネット袋にがさつに入っている。ウチの女房はここが気に入っているが何でも大量に買うと安いが半分以後を使うときは鮮度が落ちてしまう。娘や息子たちにやればいいと言うが私は場所もとるため反対だ、今回はさんまパーティーがあるので必要野菜は「大人買い」したが一皿盛りになると価格はスーパーと同じになってしまう。やはり大人買いの店。

▲立派な建屋ではなくバラック作り、無舗装駐車場、品台はパレットが定番
11月15日
お世話当番
いや、はっきり言って子供を甘えさせるようなお世話はイヤだなと思っていたし、機会があったら意見として言ってみようと思っていた。GS1は中学の部活動にバドミントンを選んでいるが部活動とは別に相生愛好会と天沼クラブの二ヶ所に入り、それぞれ水曜日と土曜日の夜に体育館で2時間の練習をする。「上手になりたい、友達と楽しい」と言うからいい事だ。ただ、夜なので必ず保護者が送迎しなくてはならず、私の時間を割くしかない。それはまあいいが2ヶ月に3度くらい保護者が当番で飲み物を用意する。「そんなもの大人が用意しなくても子供達が各々テルモスでも持ってゆけばいいじゃん」と考えていたからだ。先週、別のお母さんから当番を引き継いで分かったけど、この飲み物は「コーチの方のため」だそうだ。納得。

▲クラブの財産であるシャトルの他にポット、アイスペットボトルを準備するのが保護者当番であった
11月14日
カウンセラ
GS1が中学生になった時、いろいろなプリントの中に「カウンセラー便り」と言うのがあった。ふ~ん、中学生ともなるといろいろな問題や相談事があるからこのような専門家を配置するのかと思った。週に一度の割合で各学校を回っているようで特に用はないと思っていた。ところがここ数ヶ月GS1の身辺に穏やかでない出来事がいくつか発生、私も心配で10日ほど車で送迎もした。中学生もいろいろである、朝GS1を送ってゆくとホーキとちり取りを持って校内、外を掃除している生徒、ズッコ、ズッコ足を引きずりながら遅刻ギリギリでだらしなく登校してくる生徒、GS1にも前者のような少年青年に成長して欲しいとカウンセラーと1時間ほど相談をした。

▲相談室は他の用で使用中、急遽校長室を使っての相談
11月13日
つぼ焼き成功
成功!ドラム缶のつぼ焼き芋。今朝の10時からテスト焼を製作者の金子氏と行ってみた。ドラム缶1本の上下に穴を開け周囲に12本のボルトをつけ、その鈎に番線を吊り下げイモをつけた。何しろ不安なのはドラム缶だけであり複合材を使っていないので放熱と輻射熱が少ない事。確かに30分経ってもドラム缶の外側はたいした温度にならない、不安ながら炭ユニットの方向を変えたりして待つ事2時間。竹串がスッツと入った。焦げ目も付かず二つに割ると黄色い実にホクホクとした甘味がプロのつぼ焼きのものと遜色なし。これなら19日のさんまパーティーに一度に80人分の美味しいつぼ焼きを振舞う事が出来る。メデタシメデタシ。

▲赤に黄色のトップ、ツートンカラーも美しいドラム缶つぼ焼き、焼き芋はオシャレにこうでなくっちゃ
11月12日
満足度
商売、ビジネスはこれで良いということはない。かねがねユニクロの商品アイテム絞込み、商品の作り方、そして売り方に感心していたが今日は更に感心してしまった。コーデュロイのパンツを色違いで3本買った。当然足の短い(背も短いけど)私は裾上げが必要なのでお願いした。仕上がったパンツを引き取りに行くと各々のパンツにレシートが付いている。もちろん引渡しの時に店員さんがこのレシートの説明をしてくれたが「補正伝票」とあった。補正した人は二人とみえ別の印がおしてあり、レシートには「不都合な点がございましたらご遠慮なくお申し付け下さい」とある。徹底したお客様満足度を考えるとこうなるだろうな。

▲こうも親切だと多少不都合であっても「いいよ」ということになる
11月11日
最終打ち合わせ
ドラム缶を使って焼芋用の「つぼ」を作っている。鉄の筒だけでうまく行くのかは来週テストをするが、今夜のさんまパーティー最終打ち合わせ会議でHさんはドラム缶だけでは難しいのではと言う。石や厚い壁で遠赤の輻射熱が必要なのだという。しかし、ドラム缶の内側に断熱タイルのようなものを取り付けるのは無理、外側なら金網を巻きつけセメントモルタルをつける事は可能かもしれない。外観の完成度はかなりいいがホクホクの焼芋が出来なくては意味がない、うまい焼き芋をパーティーで振舞ってみたい。

▲打ち合わせと同時に釜炊きに使う米の試食も兼ねて夕食会議にした
11月10日
ひこばえ
伐った草木の根株から出た芽のことをヒコバエと言うらしい。秋に刈り取りをした根元にも青々とした稲の若葉がでるが、春に庭のプランターに2株づつ植えたベコニアは長い間楽しませてくれた。10月の末に咲き終えたいくつかのプランターのベコニアを根元近くから伐り、来春使うためプランターを家の横に積んでおいた。ふと見るとそのうちの一つにこんもりと新緑が茂り、花までつけている。明らかにヒコバエと見られる。それでなくても半年以上も咲き続けてくれたのにもう一度楽しませてくれるのだろうか。

▲奥のベコニアは未だに咲いている。手前は同時期の花苗からでたヒコバエ
11月09日
知覚神経を鍛えよう
ここまでやるか、という商品。太田市の娘の第四子、私にとってGS7となる訳だがそのGS7の周りにあるベビー用品をみて電気仕掛けのものの多さに驚く、室内用乳母車にコードが付いているので訪ねると、ゆるい振動やBGMが流れるのだそうだ。ふ~ん、じゃあこれは何だ。次に私が指差したのはウエットティッシュ、なんとそれにもエレキコードがつながっているからだ。何となく合点は付いていたがやっぱりそうか、冷たいウエットティッシュを柔肌の赤ちゃんに使うわけにはいかないのか、いいのかね~、知覚神経が成長しないんじゃないの。

▲しかし、造るほうも若い親たちもよくこんな商品を見つけるよな~
11月08日
美味い焼き芋を作りたい
第7回さんまパーティーまであと10日余り、定着してきたので楽しみにしてる人も少なくないようだ。S氏に要請して会場となる陽山舎の手入れをした。小枝が広い範囲に落ちている。倒木も含め3箇所で燃やす。S氏は今日の昼食を焼イモにしてみようと提案、ぬれた紙とアルミホイルで丁寧包み焚き火の中へ30分、開けてみると皮に少しの焦げも無く仕上がったがあまりにきれいに焼けてふかし芋の感あり、焼イモの醍醐味はないかも。ここ2年続きでつぼ焼きが借りられたが今回は借りられず好評のメニューをどうしようかと悩むところだ。ひとつアイディアはドラム缶利用のつぼ焼きを考えているが中国の街角ではドラム缶つぼ焼きは当たり前らしい。

▲アルミホイルと新聞紙を取り除くときれいなふかし芋が出てきた
11月07日
ケセランバセラン
太田にいる娘のご主人の実家は敷地が3000坪位あるんじゃないだろうか。殆どが農地でまたそのうちの殆どを隣の酪農業会社の牧草地として貸している。それでもご両親が趣味で300坪くらいの菜園をやっている。農作物をいつも沢山頂くが早苗ちゃんの実家でも今年は落花生を栽培したが大舘家でも落花生を栽培した。採りに来てもよいという事で遠慮なく女房と二人、野良着で出かけた。しかし午後からは天気が荒れ模様で強烈な北風が吹き荒れた。西部劇の荒野に枯れ草の固まりが風で異動するがここでもサツマイモのつるだろうか1m以上の大きな塊になって生き物のように移動している。

▲行く途中、農道をふさぐ農作物の唐がとぐろを巻いて道をふさぐ軽いので北風に押され大きな塊がコロコロ移動するさまは西部劇のケセランバセランのよう
11月06日
なに、コレッ!
なに、コレッ!衛生講習会?エンピツも持たずに?講義の演目が「メタボリックシンドローム」これが業界の衛生講習とはオドロキ。私が現役の時も緊張感のある講習ではなかったが更に緊張感はナイに等しい。多分半数の人は寝ていたろう。だいいち講師の先生も力が入っていないのが分かる。あちこちでおしゃべりが始まっても誰も注意しない。仕方なしに題材を見つけて話をしてみるものの直接業界には関係のない話、一店一名が出席を義務づけられているのが、どうしても都合のつかない息子の代わりに椅子に座った。が何の教養にもならず。100名以上の人が業界義務のため出席した。折角の連休がかわいそう。主催側も義務でやっているから何も伝わらない、つまらない、なに、コレッ

▲行政側も業者側も無駄な時間作りだと思う
11月05日
うれし懐かしい
あーっ、こーゆーのたまらなく嬉しく興奮する。午前にS氏から「群馬大学工学部キャンパスでクラシックカーフェステバルをやっているよ」と電話、そうだ数日前の桐生タイムス紙に出ていたっけ。午後の調整をつけ、すっ飛んでいった。小さな国産のマツダR360クーペから60年代のロールスロイスまで惜しげもなく至近距離で見学できた。そして今年は幕張メッセでのモーターショウがないのでその分どっぷり楽しんだ。殆どの展示車の近くにオーナーがいて話をする事も出来た。あっと言う間の3時間だったが懐かしくて解散して帰ってゆくヒストリックカーのガソリン臭い排ガスを胸いっぱい吸い込んだ。

▲三輪トラックのダイハツが初めて乗用車を作るとこうなる。現存する3台のうち実走するのはこの1台だけ

▲国会議員の車も

▲なんと40年間毎日乗ってるという桐生のうなぎ店のしにせ丸啓の奥様のトヨペットコロナRT型、これも充分ヒストリックカー

▲名車ブルーバード410は今も園田氏の愛車としてひと月に一度は乗るという

▲40年前の車が力強い排気音と不完全燃焼の廃棄ガスを出して帰ってゆく
11月04日
男の更年期
Aさんの男更年期は本格的なようだった。男に更年期があると言うのを聞いたのは10年前くらい、更年期とは女性特有のものかと思っていたが、有名なところでは人気漫画家はらたいらの突然仕事が出来なくなった体験だろうか。私より5才ほど若いAさんは車の技術者で生き方や趣味に思考が深い人だ。調髪にヘアーズを選んで長年来ているのも距離や私たちの考えに共鳴しての事だと言う。それにしても症状を聞くと体温のアンバランス、不安不眠、仕事の意欲低下、血圧不安定とやはり数年前から更年期で不調の女房と同じなので男性なのに女性と同じような症状におどろいた。

▲体調の異変を成人病がいっぺんに襲ってきたようだと語った
11月03日
小春日和
こんな日を小春日和と言うんだろうか、風も無く日中の気温も過ごし易いものだった。私が所属する富弘美術館を囲む会の秋のボランティアも中盤が過ぎ、今日は私を含め4人で参加、その中の一人Sさんは私が会社へ勤めていた時の同僚、話も懐かしかった。文化の日とあいまって観光を兼ねた来館者の数もすごかった。この日の来館者数は約3000人だが美術館としては異例の多さ。群馬県内の全美術館年間入館者数の半数がこの富弘美術館が占めるそうだ。国道122号は日光への観光道路でもあるから行楽期はこのようにバスが連なってドライブインのようになる。

▲今年は秋山へも行かず富弘美術館の構内の紅葉ですます
11月02日
きな粉棒
一番新しいホビー「料理」、ちょっとしたレシピ情報が目に入りやすくなったのか新聞の隅にあった「きな粉棒」の作り方を探した。きな粉は好きだが食べ方が限定され料理にどのように使ったらいいのかまだ分からない。今は餅などに使う安倍川ぐらいしか思い当たらない。菓子として売っているきな粉飴は好きだが水を使っているせいか胸がやける。今日のちょっとしたレシピはいい。材料はきな粉と蜂蜜だけ、きな粉と蜂蜜を程よい固さに練って棒状に延ばし、適当な大きさに切り、きな粉をまぶせば完了。100%純正食品、胸が焼けずさっぱりとした甘さもいい。今はこんなものをちょっと作ってしまう私に変化してる。

▲5、6個につまようじを付ければおしゃれな和菓子になる
11月01日
ぐんまアリーナで
桐生のような田舎にいると少しの都会に行っても驚くことばかりだ。前橋市にある総合スポーツセンターは巨大なスポーツ施設が集合した施設で今日はこの中でも最大の施設「ぐんまアリーナ」で女性消防団の式典が行われた。その中のアトラクションが群馬交響楽団の演奏、星野富弘さんの講演だった。私は囲む会の仲間と熊本芦北町立星野富弘美術館館長の木村氏と共に講演だけを聴きに出席した。富弘さんの静かな語りと映像を使ってテーマは「命を語る」だった。帰りは県立福祉センターのホールにある緞帳を見るため寄った。桐生へ戻り木村氏の歓迎会をいつもの「たつ吉」に集まり歓談し、最後は木村氏と女房と私の3人での二次会が終わったのは10時半だった。私も疲れたが木村氏も遠路を疲れただろう。

▲一階フロアだけでも3000人は下るまいと思っていたら全体で6700人が収容出来るという
